この記事のポイント
- 解除で資産は移転しないため、譲渡所得は生じません
- 取得した手付金・償還金は一時所得として扱われます
- 引けるのは「直接要した金額」だけ。特別控除は最高50万円です
- 有利な条件で売るために払った違約金は譲渡費用になります
まず結論:譲渡所得は生じず、手付金は一時所得です
売買契約が解除されても、不動産は売主のところに残ります。
所得税法33条1項は、譲渡所得を「資産の譲渡による所得」と定めています。
資産が移転していない以上、譲渡所得は生じません。
譲渡所得の収入すべき時期も、所得税基本通達36-12により原則として引渡しがあった日です。
手付金を受け取っただけでは、その年の譲渡所得になりません。
では、没収した手付金はどうなるのでしょうか。
引渡日と契約日の選択はどの年分の申告になるかで扱っています。

根拠は所得税基本通達34-1(8)です
国税庁は、一時所得の例示として次のものを挙げています。
民法第557条《手付》の規定により売買契約が解除された場合に当該契約の当事者が取得する手付金又は償還金(業務に関して受けるものを除く。)
民法557条1項は、買主は手付を放棄し、売主はその倍額を現実に提供して契約を解除できるとしています。
「当事者が取得する」とあるため、売主が没収した手付金も、買主が受け取る倍返しの償還金も同じ扱いです。
国税庁の質疑応答事例も「一時所得として取り扱われています」と明示しています。
注意
通達には「業務に関して受けるものを除く」というかっこ書きがあります。賃貸用不動産や事業用資産に関して受けるものは、一時所得ではなくその業務の収入になります。個人が自宅を売ろうとして解除された場合とは、扱いが変わります。
一時所得の計算 ― 50万円を引いて、さらに2分の1
一時所得は、所得税法34条2項・3項の算式で計算します。
総収入金額から「直接要した金額」を引き、さらに特別控除額(最高50万円)を引きます。
そのうえで、他の所得と合算するのはその2分の1です。
計算例
手付金300万円を没収し、その契約のために仲介手数料100万円を支払っていた場合
総収入金額 3,000,000円 直接要した金額 △1,000,000円 特別控除額 △500,000円 一時所得の金額 1,500,000円 総所得金額に算入する額 1,500,000円 × 1/2 = 750,000円給与などの他の所得と合算して、税額を計算します。
仲介手数料を引けるのは、国税庁が次のように説明しているためです。
仲介手数料は、その土地建物売買契約の締結に当たって支出されたものですので、手付金に係る一時所得の「収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額」であると考えられます。
引けるのは「直接要した金額」だけです
ここが、実務でいちばん誤解されるところです。
国税不服審判所の公表裁決(平成2年12月21日裁決)は、この線引きを示しています。
自宅の売却契約が相手方の都合で解約され、違約金3,700万円を受け取った方の事案です。
その方は、買換えのために結んでいた別の契約も解約し、違約金1,000万円を支払いました。
審判所は、この1,000万円を一時所得から引くことはできないと判断しました。
それぞれの契約の売買物件、売主、買主、解約された事情等が異なるから、甲売買契約の解約と乙売買契約の解約とは別々の行為であると認められ
売却が流れたから買換えも解約した、という事実上のつながりでは足りません。
その収入を生じた原因に「直接」要したかどうかで判定されます。

買主の側 ― 放棄した手付金はどうなるか
買主が手付金を放棄して解除した場合は、逆の立場になります。
国税庁の質疑応答事例は、事業用地の購入契約を解除した事案について、こう回答しています。
契約解除の理由が業務の遂行上必要なものであれば事業所得の必要経費に算入されます
裏を返せば、業務と関係のない放棄は必要経費になりません。
また、所得税法38条1項の取得費は「その資産の取得に要した金額」です。
買わなかった物件について、取得費が生じる余地はないと考えられます。
マイホームの購入をやめた場合の手付金放棄は、税金の計算に反映されないのが原則です。
売主が払った違約金が譲渡費用になる場合
ひとつだけ、支払った違約金が税額に効く場面があります。
所得税基本通達33-7(2)は、譲渡費用に次のものを含めています。
既に売買契約を締結している資産を更に有利な条件で他に譲渡するため当該契約を解除したことに伴い支出する違約金
タックスアンサーNo.3255も、主な譲渡費用として同じ内容を挙げています。
効くのは「より高く売るために解除した」場合だけです。
国税庁の質疑応答事例は、建築請負契約を破棄して手付金を放棄し土地を売却した事案でも、譲渡費用に含めて差し支えないとしています。
一方、媒介契約の解除に伴う違約金については「当該資産の譲渡価額を増加させるため譲渡に際して支出したものと認められる場合には」譲渡費用になるとしています。
補足
目的が問われるため、買主の都合で解除されて支払った違約金や、売るのをやめたために払った違約金は、この規定にあてはまりません。「有利な条件で他に譲渡するため」という事実を、契約書と時系列で示せるかどうかが分かれ目です。譲渡費用の全体像は取得費と譲渡費用の線引きをご覧ください。
申告した後に解除されたとき ― 更正の請求ができます
引渡しまで終えて申告した後に、契約が解除されることもあります。
この場合は、国税通則法23条2項3号と同法施行令6条1項2号が使えます。
施行令は、更正の請求ができる事由として次のものを挙げています。
その申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となつた事実に係る契約が、解除権の行使によつて解除され…
期限は、その理由が生じた日の翌日から2か月以内です。
通常の5年の更正の請求とは、期間の数え方がまったく違います。
申告のやり直し全般は申告のしかたで税額は変わりますで扱っています。

ここまではご自身で、ここから先は個別判断です
ご自身で進められるのは、次の4点です。
- 売買契約書と解除の合意書を、日付がわかる形でそろえる
- 受け取った金額と、支払った金額をすべて書き出す
- その不動産が自宅か、貸していたかを確認する
- 仲介手数料の請求書・領収書を探す
ここから先は個別判断です。
受け取った金銭が一時所得か、業務に関するものかで結論が変わります。
支払った違約金が譲渡費用になるかも、解除の目的によって分かれます。
申告済みの年分がある場合は、2か月という短い期限があります。
税理士が入ると変わるのは、区分と証拠の整え方です
ひとつめは、所得区分の判定です。一時所得か、業務の収入かを事実関係から整理します。
ふたつめは、引ける支出の絞り込みです。「直接要した金額」にあたるものを根拠つきで選びます。
みっつめは、譲渡費用の主張の組み立てです。有利な条件で売るための解除だったことを時系列で示します。
よっつめは、更正の請求の期限管理です。2か月の起算日を特定して手続を進めます。
いつつめは、他の所得との合算です。一時所得の2分の1が加わることで、翌年の負担がどう変わるかを見ます。
同じ手付金でも、書き方ひとつで税額が変わります。
契約中に相続が起きた場合は引渡し前に売主が亡くなったときをご覧ください。
小松公認会計士・税理士事務所では、資料の確認から申告書の作成まで続けて担当します。
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よくある質問(FAQ)
Q1. 契約が解除されたのに、税金がかかるのですか?
かかります。所得税基本通達34-1(8)は、民法557条により売買契約が解除された場合に当事者が取得する手付金又は償還金を一時所得の例示として挙げています(業務に関して受けるものを除く)。ただし特別控除額が最高50万円あり、他の所得と合算するのはその2分の1です。
Q2. 手付金を受け取った年に、譲渡所得の申告が必要ですか?
解除された場合は必要ありません。資産が移転していないため、譲渡所得は生じません。譲渡所得の収入すべき時期は、所得税基本通達36-12により原則として資産の引渡しがあった日とされています。受け取った手付金は一時所得として申告します。
Q3. 売却が流れたので買換えの契約も解約しました。その違約金は引けますか?
国税不服審判所は平成2年12月21日裁決で、2つの契約は売買物件・売主・買主・解約の事情が異なる別々の行為であるとして、控除を認めませんでした。一時所得から引けるのは「収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額」に限られます。
Q4. より高く売れる相手が見つかり、先の契約を解除しました。違約金は経費になりますか?
なります。所得税基本通達33-7(2)は「既に売買契約を締結している資産を更に有利な条件で他に譲渡するため当該契約を解除したことに伴い支出する違約金」を譲渡費用に含めています。「有利な条件で売るため」という目的が要件です。
免責事項
本記事は令和8年9月時点の公表資料に基づく一般的な解説です。所得税法33条・34条・38条、所得税基本通達33-7・34-1(8)・36-12、国税庁タックスアンサーNo.3255・No.1490、国税庁質疑応答事例「手付流れを受領した場合の仲介手数料」「社会保険診療報酬の所得計算の特例適用者が土地購入契約を解約したため返戻されないこととなった手付金」「違約金を支払って建築請負契約を破棄し、土地を他に譲渡した場合の譲渡費用」「媒介契約を解除したことに伴い支払う費用償還金等と譲渡費用」、民法545条・557条、国税通則法23条2項、同施行令6条1項2号、国税不服審判所 平成2年12月21日裁決の内容を扱っています。業務に関して受ける手付金・違約金の各業務における具体的な計上時期、法人が受け取る場合の取扱い、損害賠償金の非課税規定との関係についての個別の判断、更正の請求書の記載方法は扱っていません。個人が業務と関係なく放棄した手付金の取扱いについては、これを必要経費にも取得費にもできない旨を明示した国税庁の公表資料を確認できなかったため、条文および質疑応答事例からの解釈として記載しています。記事中の計算例は制度の理解のための設例であり、一定の前提を置いた目安です。具体的な判断は必ず税理士にご相談ください。本記事の情報を利用したことによる損害について、当事務所は責任を負いかねます。
参考資料・出典
- 国税庁 法令解釈通達「法第34条《一時所得》関係」(34-1)https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/04/08.htm
- 国税庁 法令解釈通達「法第33条《譲渡所得》関係」(33-7)https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/04/07.htm
- 国税庁 質疑応答事例「手付流れを受領した場合の仲介手数料」https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/shotoku/02/24.htm
- 国税庁 質疑応答事例「違約金を支払って建築請負契約を破棄し、土地を他に譲渡した場合の譲渡費用」https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/joto/06/03.htm
- 国税庁タックスアンサーNo.3255「譲渡費用となるもの」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3255.htm
- 国税不服審判所 公表裁決事例要旨(平成2年12月21日裁決・解約違約金)https://www.kfs.go.jp/service/MP/02/0407020000.html
契約が解除になったときこそ、区分の判断が効きます
売買契約が解除されると、資産は移転しないため譲渡所得は生じません。受け取った手付金や償還金は一時所得として扱われ、引けるのは「収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額」に限られます。連鎖して解約した別契約の違約金は引けないと判断された公表裁決もあります。一方で、より有利な条件で売るために解除して支払った違約金は譲渡費用になります。代表税理士が、契約書と時系列にもとづく所得区分の判定、引ける支出の絞り込み、譲渡費用の主張の組み立て、申告済みの年分がある場合の更正の請求まで、通して対応します。
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