この記事のポイント
- 遺留分侵害額の請求は金銭の支払を求める権利です(民法1046条1項)
- 金銭に代えて不動産を渡すと代物弁済にあたります
- 渡した側は消滅した債務の額で譲渡したものとして課税されます
- 受け取った側は消滅した債権の額で取得したことになります
まず結論:不動産で支払うと、譲渡所得税がかかります
遺留分侵害額を不動産で支払うと、渡した側に譲渡所得税がかかります。
お金を受け取っていないのに課税される、という点が落とし穴です。
理由は、この支払が代物弁済にあたるからです。
所得税基本通達33-1の6は、消滅した債務の額に相当する価額で譲渡したこととなると定めています。
国税庁の質疑応答事例も、同じ結論を明示しています。
「遺留分侵害額の請求に基づく金銭の支払に代えて土地を移転した場合の課税関係」がそれです。
回答は「代物弁済に該当しますので、甲に対して譲渡所得課税を行うことになります」としています。

なぜ「金銭」なのか ― 制度が変わっています
遺留分の制度は、相続法の改正で大きく変わりました。
民法1046条1項は、次のように定めています。
遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。以下この章において同じ。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。
請求できるのは金銭であって、不動産そのものを取り戻す権利ではありません。
国税庁は、この取扱いを令和元年7月1日以後に開始した相続についてのものとしています。
それ以前の相続には、従前の遺留分減殺請求のルールが適用されます。
ポイント
遺留分侵害額の請求権には期間の制限があります。民法1048条は、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは時効によって消滅するとしています。相続開始の時から10年を経過したときも同様です。
いくらの収入金額になるのか
収入金額は、売却代金ではなく「消滅した債務の額」です。
時価がそれより高くても低くても、消滅した債務の額が基準になります。
国税庁の質疑応答事例の設例で確かめます。
計算例
遺留分侵害額1,500万円を、所有する土地で支払った場合(取得費が不明で概算取得費5パーセントによるとき)
収入金額=消滅した債務の額 15,000,000円 概算取得費=15,000,000円 × 5% = 750,000円 譲渡所得=15,000,000円 - 750,000円 = 14,250,000円 所得税(長期・15%)=2,137,500円/復興特別所得税(2.1%)=44,887円 所得税及び復興特別所得税=2,182,300円(100円未満切捨て) 住民税(長期・5%)=712,500円 合計 2,894,800円手元に現金は入りません。それでも、この税額を別に用意する必要があります。
被相続人が買った時の資料が残っていれば、概算取得費より有利になることがあります。
取得費の探し方は被相続人の取得費をさかのぼって調べる方法をご覧ください。

受け取った側は「消滅した債権の額」で取得します
受け取った側にも、知っておくべき取扱いがあります。
所得税基本通達38-7の2が、その取得費を定めています。
履行があった時に、消滅した債権の額に相当する価額で取得したこととなります。
被相続人の取得費を引き継ぐわけではありません。
したがって、受け取った不動産をすぐ売っても、大きな譲渡益が出にくい構造です。
| 立場 | 金額の基準 | 根拠 |
|---|---|---|
| 渡した側(受遺者等) | 消滅した債務の額で譲渡 | 所得税基本通達33-1の6 |
| 受け取った側(遺留分権利者) | 消滅した債権の額で取得 | 所得税基本通達38-7の2 |
代償分割で不動産を渡した場合も、通達33-1の5により同じ考え方になります。
代償分割との比較は換価分割と代償分割で変わる税金で扱っています。
相続税のほうも動きます ― 4か月の期限に注意
遺留分侵害額が確定すると、相続税の申告内容も変わります。
相続税法32条1項3号は、更正の請求ができる事由として次を挙げています。
遺留分侵害額の請求に基づき支払うべき金銭の額が確定したこと。
請求できる期間は、その事由が生じたことを知った日の翌日から4か月以内です。
支払った側は課税価格が減り、受け取った側は増えます。
期限を過ぎると、払いすぎた相続税を取り戻せなくなります。
注意
不動産で支払った場合、所得税(譲渡所得)と相続税の更正の請求という2つの手続が同時に動きます。所得税の申告は譲渡した年の翌年3月15日まで、相続税の更正の請求は知った日の翌日から4か月以内です。期限が異なる点にご注意ください。

つまずきやすいのは、この4つです
実務でつまずきやすいのは、次のような場面です。
- 「相続財産を分けただけ」と考えて申告しない ― 譲渡所得の申告漏れになる
- 納税資金を用意していない ― 現金が入らないのに所得税と住民税がかかる
- 3,000万円特別控除が使えると思っている ― 住んでいない実家では使えない
- 相続税の更正の請求を失念する ― 4か月を過ぎると取り戻せない
不動産を渡した年は、合計所得金額が増える点にも注意が必要です。
扶養や保険料の判定に響くことがあります。
使える特例がないかも、あわせて確認します。
相続で取得した不動産なら、相続財産に係る譲渡所得の課税の特例が候補になります。
相続税額のうち一定の金額を取得費に加算できる特例です。
適用できるのは、相続開始の日の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までの譲渡です。
遺留分の話し合いが長引くと、この期限に届かないことがあります。
期限からの逆算は相続した不動産の売却は期限から逆算しますをご覧ください。
補足
3,000万円特別控除は、自分が住んでいた家屋とその敷地を売った場合の特例です。遺留分の支払のために渡す不動産が、自分の居住用でなければ適用できません。合計所得金額への影響は不動産を売った年は扶養から外れるかをご覧ください。
ここまではご自身で、ここから先は個別判断です
ご自身で進められるのは、次の4点です。
- 遺言書と相続関係を確認し、遺留分侵害額の請求があったかを整理する
- 渡す予定の不動産の登記事項証明書と固定資産税の課税明細を集める
- 被相続人がその不動産を取得したときの売買契約書・領収書を探す
- 相続税の申告書の控えを用意する
ここから先は個別判断です。
金銭で支払うのか、不動産で支払うのかで、税額はまったく変わります。
どの不動産を渡すかによっても、譲渡所得の金額は変わります。
民法1047条5項の期限の許与など、法律面の判断は弁護士の領域です。
税理士が入ると変わるのは、支払い方を決める前の試算です
ひとつめは、支払方法ごとの税額試算です。金銭と不動産で税負担を比べます。
ふたつめは、渡す不動産の選定です。取得費が判明している物件かどうかで結論が変わります。
みっつめは、取得費の資料集めです。契約書がなくても手がかりを追います。
よっつめは、納税資金の確認です。現金が入らない前提で資金繰りを組みます。
いつつめは、相続税の更正の請求です。4か月の期限から逆算して手続を進めます。
支払い方を決める前にご相談いただくと、選べる余地が残ります。
小松公認会計士・税理士事務所では、試算から申告書の作成まで続けて担当します。
この論点で小松公認会計士・税理士事務所ができること
制度は複雑ですが、お客様がすべてを理解する必要はありません。難しいことは、専門家にお任せください。
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よくある質問(FAQ)
Q1. お金を受け取っていないのに、なぜ譲渡所得税がかかるのですか?
遺留分侵害額の請求は金銭の支払を求める権利です(民法1046条1項)。金銭に代えて不動産を渡すことは代物弁済にあたり、債務が消滅するという経済的利益を対価とする譲渡と扱われます。所得税基本通達33-1の6と国税庁の質疑応答事例が、この取扱いを示しています。
Q2. 収入金額は不動産の時価ですか、それとも遺留分侵害額ですか?
所得税基本通達33-1の6は「その履行により消滅した債務の額に相当する価額により当該資産を譲渡したこととなる」としています。したがって原則は、消滅した遺留分侵害額が収入金額になります。時価そのものではありません。
Q3. 不動産を受け取った側の取得費はどうなりますか?
所得税基本通達38-7の2により、履行があった時に、消滅した債権の額に相当する価額で取得したこととなります。被相続人の取得費を引き継ぐわけではないため、受け取った不動産をすぐ売っても大きな譲渡益が出にくい構造です。
Q4. 相続税の申告はやり直す必要がありますか?
相続税法32条1項3号は、遺留分侵害額の請求に基づき支払うべき金銭の額が確定したことを更正の請求の事由としています。その事由が生じたことを知った日の翌日から4か月以内が期限です。受け取った側は課税価格が増えるため、別途の手続が必要になります。
免責事項
本記事は令和8年9月時点の法令・通達に基づく一般的な解説です。所得税法33条、所得税基本通達33-1の5・33-1の6・38-7・38-7の2、国税庁質疑応答事例「遺留分侵害額の請求に基づく金銭の支払に代えて土地を移転した場合の課税関係」、民法1046条・1048条、相続税法32条の内容を扱っています。遺留分侵害額そのものの算定方法、民法1047条5項による期限の許与、遺留分侵害額請求の調停・訴訟の手続、受け取った側の相続税の修正申告の詳細、居住用財産の3,000万円特別控除や相続財産に係る譲渡所得の課税の特例(取得費加算)の個別の適用可否、小規模宅地等の特例との関係は扱っていません。記事中の計算例は国税庁の質疑応答事例の設例に基づく理解のための試算であり、取得費・譲渡費用・所有期間・他の所得の状況により結果は変わります。具体的な判断は必ず税理士にご相談ください。遺留分に関する法律上の争いについては弁護士にご相談ください。本記事の情報を利用したことによる損害について、当事務所は責任を負いかねます。
参考資料・出典
- 国税庁 質疑応答事例「遺留分侵害額の請求に基づく金銭の支払に代えて土地を移転した場合の課税関係」https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/joto/01/05.htm
- 国税庁 所得税基本通達 法第33条《譲渡所得》関係(33-1の5・33-1の6)https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/04/07.htm
- 国税庁 所得税基本通達 法第38条《譲渡所得の金額の計算上控除する取得費》関係(38-7の2)https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/05/18.htm
- e-Gov法令検索「民法」第1046条・第1048条https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- e-Gov法令検索「相続税法」第32条(更正の請求の特則)https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC0000000073
支払い方を決める前に、税額を並べて比べてください
遺留分侵害額を金銭で支払うか、不動産で支払うかで、税負担はまったく変わります。不動産で支払うと現金が入らないまま所得税と住民税がかかり、どの物件を渡すかによって譲渡所得の金額も変わります。さらに相続税の更正の請求は、知った日の翌日から4か月という短い期限があります。代表税理士が支払方法ごとの税額試算から伺い、渡す不動産の選定、取得費の資料集め、納税資金の確認、申告書の作成まで通して対応します。
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