この記事のポイント
- 競売でも任意売却でも、不動産を手放せば原則として譲渡所得の対象になります。代金が全額返済に消えても課税はなくなりません
- 例外は所得税法9条1項10号と所得税法施行令26条です。資力を喪失して強制換価手続が避けられない場合の譲渡等は非課税です
- 条文は「競売そのもの」を求めていません。当てはまるかどうかは個別の判断です
- 誤解が多いのが所得税基本通達9-12の4。対価の全部が弁済に充てられたかで判定し、一部でも手元に残せば判定は変わり得ます
- 前提を置いた試算では、手元に何も残らなくても税額は5,586,625円になります(譲渡価額3,000万円・概算取得費150万円・譲渡費用100万円)
まず結論:手元にお金が残らなくても、譲渡所得の対象になります
「住宅ローンが払えず競売にかけられ、代金は全額銀行への返済に充てられ、手元には1円も残っていません。それでも確定申告は必要ですか」——こうしたご相談をいただきます。
競売であっても任意売却であっても、不動産を手放せば譲渡所得の対象になります。代金が返済に消えても、それだけで課税がなくなるわけではありません。譲渡所得は売った金額から取得費と譲渡費用を引いて計算するもので、「いくら手元に残ったか」では計算しません。ただしこれには例外が定められています。
例外の条文 ― 所得税法9条1項10号と施行令26条
所得税法は所得税を課さないものを列挙しており、その1つが次の規定です。
次に掲げる所得については、所得税を課さない。
十 資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合における国税通則法第二条第十号(定義)に規定する強制換価手続による資産の譲渡による所得その他これに類するものとして政令で定める所得(第三十三条第二項第一号(譲渡所得)の規定に該当するものを除く。)(所得税法9条1項10号)
「強制換価手続」は国税通則法上の用語で、競売はその代表例です。条文後半を受けたのが所得税法施行令26条です。
法第九条第一項第十号(非課税所得)に規定する政令で定める所得は、資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であり、かつ、国税通則法第二条第十号(定義)に規定する強制換価手続の執行が避けられないと認められる場合における資産の譲渡による所得で、その譲渡に係る対価が当該債務の弁済に充てられたものとする。(所得税法施行令26条)
施行令26条は「競売であること」を求めていません。求めているのは、次の3つがそろっていることです。
| 読むところ | 条文の言葉 |
|---|---|
| ①状態 | 資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であること |
| ②見通し | 強制換価手続の執行が避けられないと認められること |
| ③使いみち | その譲渡に係る対価が、当該債務の弁済に充てられたこと |
ポイント
任意売却でも②に当たり①③も満たせば対象になり得ます。「競売にならなかったから対象外」と決めつける必要はなく、逆に競売という形だけで当然に対象になるものでもありません。当てはまるかは個別の判断です。なお所得税基本通達9-12の3は、対象を棚卸資産の譲渡等「以外」の所得に限るとしています。
「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難」とは
①の状態については、所得税基本通達9-12の2が意味を示しています。
法第9条第1項第10号及び令第26条《非課税とされる資力喪失による譲渡所得》に規定する「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難」である場合とは、債務者の債務超過の状態が著しく、その者の信用、才能等を活用しても、現にその債務の全部を弁済するための資金を調達することができないのみならず、近い将来においても調達することができないと認められる場合をいい、これに該当するかどうかは、これらの規定に規定する資産を譲渡した時の現況により判定する。(所得税基本通達9-12の2)
- 債務超過の状態が著しいこと——借金の額が財産の額を大きく上回っている状態です
- 今も近い将来も資金を調達できないと認められること——一時的に資金繰りが苦しいだけでは足りません
- 判定は「資産を譲渡した時の現況」で行うこと——売った時点で見ます。その後の好転・悪化で結論は動きません
注意
売った時点の財産と債務の状況を、あとから資料で示せるかどうかが問われます。債務残高が分かる書類、換金できる財産の有無、収入の状況——手放すと決まった段階で資料を残しておいてください。
いちばん誤解が多いところ ― 対価の「全部」を弁済に充てたか
③の使いみちは、所得税基本通達9-12の4が判定方法を定めています。誤解が多いところなので条文のまま示します。
令第26条に規定する「その譲渡に係る対価が当該債務の弁済に充てられた」かどうかは、同条に規定する資産の譲渡の対価(当該資産の譲渡に要した費用がある場合には、当該費用に相当する部分を除く。)の全部が当該譲渡の時において有する債務の弁済に充てられたかどうかにより判定する。(所得税基本通達9-12の4)
3つのポイントがあります。
- 「全部」と書いてあります——「大部分を返済に充てた」では届きません。生活費や引っ越し資金として一部を手元に置けば、その部分は弁済に充てられていないことになり、やむを得ない事情でも通達の文言は変わりません
- 譲渡費用に相当する部分は除きます——仲介手数料などで返済に回せなかった分は、判定を覆しません
- 「譲渡の時において有する債務」です——充てる先は譲渡の時点で負っている債務です。あとから負った債務への充当は弁済にあたりません
そもそも取得費が分からない場合(相続で引き継いだ土地、購入時の契約書を失った不動産など)の考え方は取得費が分からない不動産を売ったときで整理しています。
代物弁済で不動産を渡した場合
不動産そのものを債権者に渡して借金の返済に代える代物弁済も、資産が他人のものになる以上、原則として譲渡があったものとして扱われます。施行令26条の「対価が債務の弁済に充てられたもの」に当たるか、所得税基本通達9-12の5が2つの型を示しています。
次に掲げる代物弁済による資産の譲渡に係る所得は、令第26条に規定する「その譲渡に係る対価が当該債務の弁済に充てられたもの」に該当する。
(1)債権者から清算金を取得しない代物弁済
(2)債権者から清算金を取得する代物弁済で当該清算金の全部を当該代物弁済に係る債務以外の債務の弁済に充てたもの
(注)清算金とは、代物弁済に係る資産の価額が当該代物弁済に係る債務の額を超える場合におけるその超える金額に相当する金額として債権者から債務者に対し交付される金銭その他の資産をいう。(所得税基本通達9-12の5)
清算金とは、渡した不動産の価額が消える借金の額を上回るときの差額として、債権者から戻ってくるお金のことです。
- 清算金を取得しない場合——(1)に当たります
- 清算金を取得した場合——その全部を、その代物弁済に係る債務「以外」の債務の弁済に充てたときに(2)に当たります
ここでも「全部」です。清算金が出るか、出るならどう扱うかを条件を詰める段階で確認してください。
譲渡担保 ― 渡した時点では譲渡としないことがあります
借入れの担保として不動産の名義をいったん移す譲渡担保は、形は譲渡でも実質は担保です。国税庁は次のように説明し、所得税基本通達33-2にも同じ内容が定められています。
債務者が、債務の弁済の担保としてその所有する資産を譲渡した場合において、その契約書に次のすべての事項を明らかにし、かつ、その譲渡が債権担保のみを目的として形式的にされたものである旨の債務者および債権者の連署による申立書を提出したときは、その譲渡がなかったものとして取り扱われます。
1 その担保に係る資産を債務者が従来どおり使用収益すること。
2 通常支払うと認められるその債務にかかる利子またはこれに相当する使用料の支払に関する定めがあること。
なお、その後、上記1および2の要件のいずれかを欠くこととなったときまたは債務不履行のため資産がその弁済に充てられたときは、これらの事実が生じたときにおいて、譲渡があったものとして取り扱われます。(国税庁タックスアンサーNo.3120「譲渡担保により資産を移転したとき」)
注意
名義を移した時点で譲渡がなかったものとされても、それで終わりではありません。①1・2の要件を欠いたとき、②債務不履行で資産が弁済に充てられたとき——このいずれかが起きた時点で譲渡があったものとされ、担保が実行された年が譲渡の時期です。名義を移したのが何年も前でも申告の年分を取り違えないでください。なお債務者および債権者の連署による申立書の提出が必要で、契約書に書いてあるだけでは足りません。
数字で見ると ― 手元に残らなくても、これだけの税額が出ます
非課税の規定に当たらなかった場合の税額を、一定の前提を置いた目安で見てみます。
住宅ローンの残債が4,000万円ある自宅を3,000万円で手放し、代金は全額返済に充て、なお1,000万円の債務が残ったとします。契約書が見つからないため取得費は概算取得費(譲渡価額の5パーセント)、譲渡費用は100万円、所有期間は長期譲渡所得とします。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 譲渡価額(収入金額) | 30,000,000円 |
| 概算取得費(譲渡価額の5パーセント) | 1,500,000円 |
| 譲渡費用 | 1,000,000円 |
| 課税長期譲渡所得金額 | 27,500,000円 |
| 所得税(15パーセント) | 4,125,000円 |
| 復興特別所得税(所得税額の2.1パーセント) | 86,625円 |
| 住民税(5パーセント) | 1,375,000円 |
| 税額の合計 | 5,586,625円 |
手元に1円も残っていないのに、5,586,625円という税額が出ます。国税庁はこの税額を「課税長期譲渡所得金額×15%(住民税5%)」の算式で説明しており(国税庁タックスアンサーNo.3208)、計算に代金が手元に残ったかは関係しません。実際の税額は譲渡価額・取得費・譲渡費用・所有期間・適用できる特例によって変わる目安ですが、だからこそ施行令26条に当たるかどうかを、手放す前に検討しておく意味があります。
他人の借金を肩代わりした場合は、別の制度です
保証人として他人の借金を肩代わりし、その資金のために不動産を売った場合は、所得税法9条1項10号ではなく別の規定(保証債務の履行)で扱われます。要件も資料も違うため、ご自身の債務か、他人の債務の保証かをまず分けてください。詳しくは保証債務を履行するために不動産を売ったときで解説しています。
手放す前・手放したあとに整理しておきたいこと
- 譲渡した時点の債務の残高が分かるもの(残高証明書、督促や通知の書面など)
- その時点で、他に換金できる財産があったかどうか
- 売却代金が、どこへ、いくら支払われたかが分かるもの(配当表、精算書、振込の記録など)
- 代物弁済なら、清算金が出たかどうか。出たなら、その全額をどの債務に充てたか
- 譲渡担保なら、契約書の内容と連署による申立書の提出、担保が実行された時期
- 購入時の契約書・領収書(取得費の資料)と、仲介手数料などの領収書(譲渡費用の資料)
ポイント
ご自身のケースが要件に当たるかは、譲渡時点の財産・債務の状況と代金の使いみちを並べて見なければ決まりません。この記事だけで「自分は非課税だ」と判断しないでください。逆に「手元に残らなかったから申告不要」と考えて何もしないこともおすすめできません(納税資金の考え方は税金が払えないとき)。資料があれば、どの条文で検討する場面かを整理してお伝えします。
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よくある質問(FAQ)
Q1. 住宅ローンが払えず自宅が競売にかけられました。代金は全額銀行への返済に充てられ、手元には何も残っていません。確定申告は必要ですか?
原則として競売による譲渡も対象になります。譲渡所得は「いくら手元に残ったか」ではなく、譲渡価額から取得費と譲渡費用を引いて計算するためです。ただし所得税法9条1項10号の例外があり、当てはまるかは譲渡時の債務超過の状況や代金の使いみちで判断します(所得税基本通達9-12の2・9-12の4)。譲渡時点の残高証明書や配当表などをお持ちのうえご相談ください。
Q2. 競売ではなく任意売却でした。競売でないと、この非課税の規定は使えないのでしょうか?
条文は「競売であること」を求めていません。施行令26条は、強制換価手続の執行が避けられないと認められる場合の譲渡で、対価が債務の弁済に充てられたものと定めています。任意売却というだけで対象外になるわけではありませんが、当てはまるかは個別の判断であり、譲渡した時の現況を示す資料が必要になります。
Q3. 売却代金のうち、引っ越し費用として少しだけ手元に残しました。それでも「対価が債務の弁済に充てられた」といえますか?
所得税基本通達9-12の4は「対価の全部が譲渡の時において有する債務の弁済に充てられたか」で判定するとしています。譲渡費用に相当する部分は除きますが、それ以外に手元へ残した金額があると「全部」には届きません。やむを得ない事情があっても通達の言葉は変わらないため、手放す前の段階でご相談ください。
Q4. 数年前に借入れの担保として不動産の名義を貸主に移していました。今回、返済ができず、その不動産が弁済に充てられました。いつの譲渡になりますか?
譲渡担保として要件を満たしていれば、名義を移した時点では譲渡がなかったものとされます。しかし要件を欠くか、債務不履行のため資産が弁済に充てられたときは、その事実が生じたときに譲渡があったものとされます(国税庁タックスアンサーNo.3120)。名義を移した年ではなく、弁済に充てられた年分で申告してください。契約書と、担保が実行された時期が分かる資料をご用意ください。
免責事項
本記事は令和8年9月時点の法令・公表資料に基づく一般的な解説です。所得税法9条1項10号・所得税法施行令26条の文言、所得税基本通達9-12の2・9-12の3・9-12の4・9-12の5、譲渡担保に関する取扱い(国税庁タックスアンサーNo.3120)、長期譲渡所得の税額の計算(同No.3208)の範囲だけを扱っています。国税通則法にいう強制換価手続の定義の細目、破産手続・民事再生などの手続の進め方、債権者との交渉の方法、弁護士業務にあたる助言については扱っていません。また、住宅ローン控除との関係、譲渡損失の繰越控除、居住用財産の特別控除など他の特例との関係、短期譲渡所得の税率、確定申告に添付する書類の一覧、納付が難しい場合の具体的な手続についても扱っていません。保証債務を履行するために資産を譲渡した場合は別の制度であり、本記事の対象外です。本記事は「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難」といえるか、「強制換価手続の執行が避けられないと認められる場合」に当たるかの判断基準を、個別の事案に当てはめるものではありません。これらの当てはめは事案ごとの判断になります。本記事の数値例は、負担の大きさを示すために一定の前提を置いた目安であり、個別の税額を計算したものではありません。具体的な判断は必ず税理士にご相談ください。本記事の情報を利用したことによる損害について、当事務所は責任を負いかねます。
参考資料・出典
- 国税庁 所得税基本通達 〔強制換価等による譲渡(第10号関係)〕(9-12の2〜9-12の5)https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/02/03.htm
- 国税庁 タックスアンサー No.3120「譲渡担保により資産を移転したとき」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3120.htm
- 国税庁 タックスアンサー No.3208「長期譲渡所得の税額の計算」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3208.htm
- e-Gov法令検索 所得税法(第9条 非課税所得)https://laws.e-gov.go.jp/law/340AC0000000033
- e-Gov法令検索 所得税法施行令(第26条 非課税とされる資力喪失による譲渡所得)https://laws.e-gov.go.jp/law/340CO0000000096
不動産を手放すことになったら、手放す前にご相談ください
資力を喪失した場合の非課税に当たるかどうかは、譲渡した時点の財産と債務の状況、そして代金をどこへいくら充てたかで決まります。売ってしまったあとでは、事実を作り直すことはできません。残高が分かる書面や売却の条件をお持ちいただければ、どの条文で検討する場面なのかを整理してお伝えします。代表税理士が直接ご対応します。
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