この記事のポイント
- 売買契約書をなくしても、すぐに「5%の方法」と決まるわけではありません
- 概算取得費5%は売却代金の95%が課税対象。売却5,000万円の例で税額差は約558万円
- 平成12年11月16日裁決は市街地価格指数の推計を認めましたが、税務署側の推計を認めた事案です
まず結論:税額は「取得費をいくらにできるか」でほぼ決まります
不動産を売ったときの税額は、「取得費(買ったときにかかったお金)をいくらで計上できるか」でほぼ決まります。
譲渡所得の計算式
売ったときの儲け(譲渡所得)に税金がかかります。
譲渡所得 = 譲渡価額 −(取得費 + 譲渡費用)− 特別控除
売れた値段(譲渡価額)は契約で決まり、譲渡費用も仲介手数料などが中心で幅は限られます。唯一、調べ方と判断で大きく変わるのが取得費です。
取得費に含められるもの
国税庁タックスアンサーNo.3252「取得費となるもの」は、購入代金のほかに次を挙げています。
- 購入時の仲介手数料
- 購入時の登録免許税・登記費用、不動産取得税、印紙税
- 土地の測量費、造成費用、埋立て・地ならしの費用
- 購入後すぐ取り壊した建物の購入代金・取壊し費用
- 所有権を確保するための訴訟費用
- 借主に支払った立退料
注意
建物は、購入代金から持っていた間の値下がり分(減価償却費相当額)を差し引いた金額が取得費です。引き忘れると税務署に認められない原因になります。

売買契約書をなくしたら「5%の方法」しか使えない?
そうとは限りません。「契約書がない=5%」と早合点すると、本来払わなくてよい税金を負担しかねません。
概算取得費(譲渡価額の5%)とは
買った値段が分からないときは、売った値段の5%を取得費とする「概算取得費」が認められています(租税特別措置法31条の4・同法通達31の4-1、国税庁タックスアンサーNo.3258「取得費が分からないとき」)。
実際の取得費が5%より小さければ有利ですが、もっと高く買っていた場合には大きく損をします。
5%を使うと税額はいくら変わるか
- 譲渡価額:5,000万円
- 譲渡費用:200万円
- 所有期間:10年(長期譲渡所得・税率20.315%=所得税15%+復興特別所得税0.315%+住民税5%)
- 居住用財産の3,000万円特別控除は適用なし(賃貸に出していた等)
| 項目 | 概算取得費5%を使う場合 | 取得費3,000万円を計上できる場合 |
|---|---|---|
| 取得費 | 250万円 | 3,000万円 |
| 譲渡所得 | 4,550万円 | 1,800万円 |
| 所得税・住民税(20.315%) | 9,243,325円 | 3,656,700円 |
ポイント
差額は5,586,625円。手元に残るお金が約558万円変わります。契約書がないというだけで受け入れる前に、説明できる材料を探しましょう。
裁決が認めた「合理的な取得費の計算方法」

取得費の推計に法律の明文はありませんが、実務で参考にされている裁決(国税不服審判所の判断)があります。
市街地価格指数(土地の値段の動きを示す統計)による推計を認めた裁決
国税不服審判所 平成12年11月16日裁決(裁決事例集No.60 208頁)
取得費が不明な宅地について、一般財団法人日本不動産研究所が公表する「市街地価格指数」(六大都市を除く市街地価格指数・住宅地)を用い、譲渡時の指数と取得時の指数の比率から取得費を計算した方法について、審判所は「市場価格を反映した近似値の取得費が計算でき、合理的である」と認めました。
⚠️ ただし「使えば必ず認められる」わけではありません
注意
この裁決は、税務署側の推計を審判所が認めた事案です。納税者が使えばいつでも認められる、という判断ではありません。その後、推計が認められなかった事例もあります。
指数は広い地域の平均のため、次の場合は実際の取得費に近いとは言いにくくなります。
- 土地が指数の集計対象地域と性格が大きく違う場合
- 建物の取得費まで指数で推計する場合(指数は土地の統計です)
- 取得の経緯が普通の売買でない場合(相続・贈与・交換・競売など)
- ほかに裏付け資料がなく、指数だけが頼りの場合
指数は最後の切り札ではなく、「補強材料のひとつ」と考えるのが実務的な理解です。
取得費を裏付ける間接資料の例
次の資料が残っていれば、取得費の説明に使える可能性があります。
- 住宅ローンの金銭消費貸借契約書(借入額が手がかり)
- 抵当権設定登記の記録(債権額が手がかり)
- 分譲時のパンフレット・価格表・チラシ
- 購入代金を支払った通帳の出金記録
- 仲介した不動産業者の取引記録
- 購入時の登記費用や不動産取得税の領収書
- 過去の確定申告書(住宅ローン控除を受けていた方は、控えに購入価額が残っていることが多く、そこから取得費を組み立て直せたケースが実際にあります)

取得費算定の実務フロー(当事務所の進め方)
当事務所では、資料調査 → 算定方法の選択 → 申告書への反映、の順で検討します。
- 資料調査:間接資料を一緒に探します。「もう何もない」という案件でも、金融機関の記録や登記から手がかりが見つかることがあります。
- 算定方法の選択:実額か、推計の組み合わせか、5%か。税額が下がればよいという発想ではなく、税務調査での説明に耐えられるかを基準に選びます。
- 申告書への反映:譲渡所得の内訳書で取得費の根拠を示し、資料は申告後も保管します。
資料探しはご自身でも進められますが、「その資料で取得費をいくらと主張できるか」「通る見込みはどの程度か」の判断は専門領域です。誤ると、認められないか、余計な税金を払うことになります。
よくある質問(FAQ)
Q1. 売買契約書を紛失していると、必ず概算取得費5%になりますか?
必ずしもそうではありません。ほかの資料から取得費を説明できるなら、5%の方法に限られません。まずは間接資料を探しましょう。
Q2. 相続で取得した不動産の取得費はどう計算しますか?
原則として、亡くなった方(贈与した方)の取得費と取得時期を引き継ぎます(所得税法60条1項)。相続時の評価額ではなく、亡くなった方が買ったときの契約書や記録を探します。
Q3. 市街地価格指数を使えば取得費として認められますか?
保証はありません。平成12年11月16日裁決は税務署側の推計を認めた事案で、納税者が使えば必ず認められる判断ではありません。土地の個別事情や資料の裏付けで結論は変わります。
Q4. 概算取得費と実額の取得費は、有利なほうを選べますか?
実際の取得費が売った値段の5%より小さくても、5%の方法を使えます。実額のほうが大きい場合は、裏付け資料と説明があれば実額を使います。
免責事項
本記事は令和8年8月時点の法令・公表資料に基づく一般的な解説です。取得費の算定は個別事情によって結論が大きく異なり、本記事で紹介した裁決も特定の事案についての判断です。具体的な事案については必ず税理士にご相談ください。本記事の情報を利用したことによる損害について、当事務所は責任を負いかねます。
参考資料・判例出典
- 国税庁タックスアンサー No.3252「取得費となるもの」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3252.htm
- 国税庁タックスアンサー No.3258「取得費が分からないとき」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3258.htm
- 租税特別措置法31条の4、租税特別措置法関係通達31の4-1(長期譲渡所得の概算取得費控除)e-Gov法令検索
- 所得税法60条1項(贈与等により取得した資産の取得費等)
- 国税不服審判所 平成12年11月16日裁決(裁決事例集No.60 208頁)https://www.kfs.go.jp/service/JP/60/19/index.html
- 国税不服審判所 公表裁決事例等の紹介https://www.kfs.go.jp/service/MP/02/0406011000.html
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