この記事のポイント
- 肩代わりした借金を取り戻せないとき、売却の利益はなかったものとされます(所得税法64条2項)
- 条件は3つ。保証したときに本人がすでに返済不能なら対象外です
- なかったものとされる金額は、回収不能額・総所得金額等・譲渡益の3つのうちいちばん低い金額です
- ご自身の借金を返すために売った場合は、この特例の対象になりません
まず結論:肩代わりのために売って、お金が返ってこないなら救済があります
他人の借金を肩代わりするために不動産を売り、立て替えた分が本人から返ってこなくなったときは、売却の利益がなかったものとして税金を計算できる救済の規定があります。条件は厳しめで、資料の裏付けが欠かせません。
- 子の会社の借入金の連帯保証人になっていたが、倒産し一括返済を求められた
- 知人の借入れのため自宅を担保に入れていたが、抵当権を実行され自宅を失った
- 親族の借金を保証し、返済のため先祖代々の土地を売った
不動産を売ったこと自体には税金がかかり、手元にお金は残らないのに税金だけがかかるという事態になりかねません。それを避ける規定が所得税法64条2項です。国税庁タックスアンサーNo.3220が案内しています。
保証債務を履行するために土地建物などを売った場合で、その履行に伴う求償権の全部または一部を行使することができないこととなったときは、その行使できないこととなった金額を、その売った資産の譲渡所得の金額の計算上なかったものとされます
「保証債務の履行」に当たる4つの場合
保証債務の履行とは、借りた本人が返さないときに、保証人などが代わりに返すことです。国税庁は次の4つを挙げています。
| 類型 | 内容 |
|---|---|
| ①保証人・連帯保証人 | 保証人、連帯保証人として債務を弁済した場合 |
| ②連帯債務者 | 連帯債務者として他の連帯債務者の債務を弁済した場合 |
| ③身元保証人 | 身元保証人として債務を弁済した場合 |
| ④物上保証 | 他人の債務を担保するために抵当権などを設定した人が、その債務を弁済したり、抵当権などを実行された場合 |
④の担保に入れた不動産が競売にかけられた場合も対象になり得ます。「売った」つもりがなくても、競売による売却も譲渡になります。
3つの条件
この特例を使うには、次の3つの条件をすべて満たす必要があります。
条件1:保証時点で本人が返せない状態でなかったこと
注意
最初から返せないと分かっている相手の保証人になった場合は対象外です。実質的な贈与・資金援助とみられるためです。
条件2:肩代わりのために土地建物などを売っていること
「たまたま同じ年に売った」だけでは足りません。売却代金が返済に充てられたと資料で示せる必要があります。
条件3:肩代わり分が本人から取り戻せなくなったこと
肩代わりで生じる権利「求償権」が使えなくなったことが3つ目の条件です。国税庁は「本来の債務者が資力を失っているなど、債務の弁済能力がないため、将来的にも回収できない場合」としており、単なる見込みや、保証人が自分から請求をあきらめただけでは足りません。実務でいちばん争いになる部分です。
いくらが「なかったもの」とされるのか
売却の利益の全額が消えるわけではなく、次の3つのうちいちばん低い金額が、なかったものとされます。
| 比較する金額 | 内容 |
|---|---|
| ①回収不能額 | 肩代わりをした債務のうち、回収できなくなった金額 |
| ②総所得金額等 | 保証債務を履行した人の、その年の総所得金額等の合計額 |
| ③譲渡益 | 売った土地建物などの譲渡益の額 |
肩代わりした金額が大きくても、その年の売却の利益を超えて損失を作り出せるわけではありません。
数字で見る:税額はいくら変わるか
次の前提で計算してみます。
- 売却した土地建物の譲渡価額:4,000万円
- 取得費(建物は減価償却後):1,500万円
- 譲渡費用:150万円
- 所有期間10年(長期譲渡所得)
- 肩代わりした債務のうち回収できなくなった金額:1,000万円
- その年の他の所得は給与所得500万円で、居住用財産の特別控除は適用できないケースとします
譲渡益を計算します。
4,000万円 −(1,500万円 + 150万円)= 譲渡益 2,350万円
取り戻せなくなった金額1,000万円・総所得金額等2,850万円・譲渡益2,350万円のうち、いちばん低いのは1,000万円です。
| 項目 | 特例を使わない場合 | 特例を使う場合 |
|---|---|---|
| 譲渡益 | 23,500,000円 | 23,500,000円 |
| なかったものとされる金額 | ― | △10,000,000円 |
| 課税される譲渡所得 | 23,500,000円 | 13,500,000円 |
| 税額(20.315パーセント) | 4,774,025円 | 2,742,525円 |
差額は2,031,500円です。手元に残らない状況では、この差は決定的です。
補足
「総所得金額等の合計額」に何を含めるかは個別判断が必要です。上記は回収不能額が最も低くなる例です。
実務で見落とされやすい4つの点
1. 自分の借金を返すために売った場合は対象外です
この特例は他人の借金を肩代わりした場合の規定です。ご自身の住宅ローンや事業資金の返済のために売った場合は使えません。「借金の返済なら税金はかからないはず」という思い込みが最多の誤解です。
2. 「取り戻せない」ことを示す資料が必要です
本人が財産を失っている資料(破産手続き書類、会社をたたんだ登記等)を集めます。何年も経つと資料は探せません。売却前後に確保しましょう。
3. 自分の会社への保証は慎重な検討が必要です
自分の会社の借金の保証は、条件1の判定が特に問題になります。決算書や資金繰りの推移から状況を説明できるようにします。
4. どの年の申告にするかも忘れずに
不動産の譲渡は原則として引渡しの日ですが、契約の効力発生の日として申告することもできます。肩代わりの時期との関係で年の選択が問題になります。
当事務所の進め方
ステップ1:保証の経緯と時点の確認
いつ、どの立場で保証したか、その時点の本人の財政状態を契約書・決算書から確認します。条件1の判定はここで決まります。
ステップ2:売却代金の流れの確認
売却代金がどの口座から返済に充てられたかを通帳と返済記録でつなぎ、条件2の裏付けとします。
ステップ3:取り戻せるかどうかの検討と金額の確定
本人の財産状況から取り戻せない金額を確定し、3つの金額を比べて申告書に反映します。
この特例は、条件の当てはめと資料の裏付けで結論が変わります。売却を検討している段階でご相談いただければ、必要な資料を先に押さえられます。
よくある質問(FAQ)
Q1. 自分の住宅ローンを返すために自宅を売りました。この特例は使えますか?
使えません。他人の借金の肩代わり限定の規定で、ご自身の借金の返済では対象外です。マイホーム売却なら3,000万円特別控除など別の特例を検討できます。
Q2. 抵当権を実行されて競売で自宅を失いました。譲渡所得の申告は必要ですか?
原則として必要です。競売も税金上は譲渡にあたります。他人の借金の担保として抵当権を実行された場合は保証債務の履行にあたり、特例を検討できます。
Q3. 肩代わりした金額が譲渡益より大きい場合、差額は他の所得と通算できますか?
できません。なかったものとされる金額は、取り戻せなくなった金額・総所得金額等の合計額・譲渡益の3つのうちいちばん低い金額です。超える部分を他の所得と相殺することはできません。
Q4. 本人が「返せない」と言っているだけでも要件を満たしますか?
満たしません。資力を失うなど弁済能力がなく将来回収できない場合とされ、本人の言葉や自主的なあきらめだけでは足りず、客観的資料が必要です。
免責事項
本記事は令和8年8月時点の法令・公表資料に基づく一般的な解説です。保証債務の履行に関する特例は、保証をした時点の事情、求償権の回収可能性、資料の裏付けによって結論が大きく異なります。本文の数値例は説明のための仮定であり、実際の税額は個別の事実関係によって変わります。具体的な事案については必ず税理士にご相談ください。本記事の情報を利用したことによる損害について、当事務所は責任を負いかねます。
参考資料・判例出典
- 国税庁タックスアンサー No.3220「保証債務を履行するために土地建物などを売ったとき」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3220.htm
- 所得税法64条(資産の譲渡代金が回収不能となった場合等の所得計算の特例)、所得税法施行令180条e-Gov法令検索
- 所得税基本通達64−1、64−2の2、64−4
- 国税庁タックスアンサー No.3102「譲渡所得の申告期限」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3102.htm
- 国税不服審判所 公表裁決事例等の紹介https://www.kfs.go.jp/service/MP/02/0406011000.html
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売却の前に、要件を確認させてください
保証債務の履行にともなう売却は、保証をした時点の事情と求償権の回収可能性で結論が変わります。売却してから資料を探すのは大変です。連帯保証や抵当権の実行が現実味を帯びてきた段階でご相談いただければ、必要な資料を先に押さえたうえで進められます。代表税理士が直接ご対応します。
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