この記事のポイント
- 個人の資産は売買・現物出資・賃貸のどれかで会社へ移します
- 棚卸資産を安く渡すと通常の販売価額の70%まで収入に入ります
- 車などは個人に譲渡所得、会社は中古の耐用年数を計算し直します
- 課税事業者なら引継ぎは課税売上げになり消費税がかかります
まず結論:会社の帳簿に「そのまま」は載せられません
法人成りをしても、個人の資産が自動で会社のものになるわけではありません。
資産を動かすには、売る・出資する・貸すのどれかを選びます。
どのルートでも、個人側で所得が計算され、会社側で取得価額を決め直します。
国税庁は、法人に対する現物出資も譲渡に含まれるとしています。
(タックスアンサー No.3105)
現物出資も、税金の世界では「譲渡」です。
法人成りの判断そのものは法人成りはいつすべきかで扱っています。

ルートは3つ。対価の形が違います
選べるのは、次の3つです。
| ルート | 会社が渡すもの | 向いている資産 |
|---|---|---|
| 売買 | 現金、役員借入金 | 在庫、備品、車両 |
| 現物出資 | 株式 | 手元資金が少ないとき |
| 賃貸 | 賃料 | 不動産 |
もっとも多いのは売買です。代金は役員借入金にできます。
現物出資には、会社法の手当てが要ります。
ポイント
会社法33条1項は、現物出資について検査役の選任を申し立てるよう求めています。ただし同条10項1号は、価額の総額が「五百万円を超えない場合」を除いています。
貸す場合、個人が受け取る賃料は不動産所得です(所得税法26条1項)。
在庫:原価で渡すと、収入は原価より大きくなります
在庫を安く会社へ渡すと、渡した側の収入が上乗せされます。
所得税法40条1項2号は、著しく低い価額の対価による譲渡を挙げています。
総収入金額に算入されるのは、次の金額です。
当該対価の額と当該譲渡の時におけるそのたな卸資産の価額との差額のうち実質的に贈与をしたと認められる金額
線引きは、通達にあります。
法第40条第1項第2号に規定する「著しく低い価額の対価による譲渡」とは、同条に規定する棚卸資産の39-1に定める価額のおおむね70%に相当する金額に満たない対価により譲渡する場合の当該譲渡をいうものとする。
(所得税基本通達40-2)
所得税基本通達39-1は、この価額を「通常他に販売する価額」としています。
仕入値ではなく、いつもの売値が基準です。
計算例
例1:通常の販売価額200万円・仕入金額120万円の在庫を、120万円で会社に売った場合
通常他に販売する価額の70% 2,000,000円 × 70% = 1,400,000円 判定 対価1,200,000円 < 1,400,000円 → 低額譲渡 贈与とされる金額(所基通40-3) 1,400,000円 - 1,200,000円 = 200,000円 総収入金額 1,200,000円 + 200,000円 = 1,400,000円 売上原価を引いた200,000円が事業所得に乗ります在庫の譲渡は、譲渡所得になりません(所得税法33条2項1号)。

車や備品:個人は譲渡所得、会社は耐用年数を引き直します
事業用の車や備品を売ると、個人側は譲渡所得です。
所得税法33条4項の特別控除額は、五十万円です。
取得から5年を超えていれば、所得税法22条2項2号により2分の1が課税されます。
未償却残高に近い値段で売れば、譲渡所得はほとんど出ません。
未償却残高をそのまま時価としてよい、とする公表資料はありません。
会社側は、買った値段が取得価額です(法人税法施行令54条1項1号)。
耐用年数は、新品の年数ではありません。
法定耐用年数の一部を経過した資産は、次の年数にできます。
当該資産の法定耐用年数から経過年数を控除した年数に、経過年数の百分の二十に相当する年数を加算した年数
(耐用年数省令3条1項2号ロ。2年に満たないときは2年です)
端数の扱いは、国税庁の計算例が示しています(タックスアンサー No.2108)。
1年未満の端数の切捨ては、最後に行います。
計算例
例2:法定耐用年数6年の車を、3年(36か月)使ってから会社へ売った場合
簡便法 (72か月 - 36か月) + 36か月 × 20/100 = 43.2か月 年に直す 43.2か月 ÷ 12 = 3.6年 1年未満を最後に切捨て 3.6年 → 3年簡便法そのものは社用車を中古で買うと何年で経費になるかで扱っています。
安く売る・ただであげる、には別のルールがあります
在庫以外の資産を法人へ移すときは、所得税法59条1項が働きます。
法人への贈与は、時価で譲渡があったものとみなされます。
安く売った場合も同じです。基準は施行令にあります。
政令で定める額は、同項に規定する山林又は譲渡所得の基因となる資産の譲渡の時における価額の二分の一に満たない金額とする。
(所得税法施行令169条)
時価の2分の1未満で売ると、時価で売ったものとして課税されます。
2分の1以上なら安心、とも言い切れません。
所得税法157条(同族会社等の行為又は計算の否認)に当たることがあります。
所得税基本通達59-3は、その場合は時価で計算できるとしています。
借入金を会社に引き受けてもらうときも、注意が要ります。
法第59条第1項第2号に規定する「対価」には、法第36条第1項《収入金額》に規定する金銭以外の物又は権利その他経済的な利益も含まれる
(所得税基本通達59-2)
債務を引き受けてもらうこと自体が「対価」として数えられます。
不動産の場合は対価を受け取っていないのに譲渡所得税がかかるで扱っています。

消費税:課税事業者なら、引継ぎは課税売上げです
個人が課税事業者なら、会社への売却に消費税がかかります。
消費税法2条1項8号は、事業として対価を得て行う資産の譲渡を、資産の譲渡等としています。
施行令は範囲を広げています。
資産の譲渡等には、その性質上事業に付随して対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供を含むものとする。
(消費税法施行令2条3項)
在庫だけでなく、事業に使っていた車や備品の売却も課税の対象です。
現物出資も同じです(消費税法施行令2条1項2号)。
課税標準は、実際の対価の額です(消費税法28条1項本文)。
計算例
例3:課税事業者の個人が、在庫120万円と車両150万円(税込)を売った場合
在庫 1,200,000円 × 100/110 = 1,090,909円 車両 1,500,000円 × 100/110 = 1,363,636円 合計 2,454,545円がその年の課税売上げに加わります注意
国税庁は、「その年の個人事業者であった期間については納税義務は免除されません」としています。廃業したから終わり、ではありません。
免税か課税かの選び方は課税事業者になるかどうかの選択で整理しています。
指摘を受けるのは、だいたいこの5つです
よくある形は、次のとおりです。
- 在庫を仕入値のまま移す ― 通常の販売価額の70%まで収入に入ります
- 車を無償で会社名義に変える ― 時価で譲渡したものとみなされます
- 売買契約書を作らない ― 対価も時価も、あとから説明できません
- 会社が新品の耐用年数で償却する ― 中古は年数を計算し直します
- 売却分を消費税の申告に入れ忘れる ― 廃業年の課税売上げが漏れます
多いのは、在庫と車を帳簿の残高のまま動かしてしまう形です。
ここまではご自身で、ここから先は個別判断です
ご自身で確認できるのは、次の4点です。
- 決算書から、棚卸資産・固定資産・借入金の残高を書き出す
- 固定資産ごとに、取得年月・取得価額・未償却残高・経過月数を並べる
- 会社へ移すもの、個人に残して貸すもの、処分するものに仕分ける
- 個人事業の開業・廃業等届出書と、青色申告の取りやめ届出書の要否を見る
国税庁は、どちらの届出も「確定申告期限までに提出してください」としています。
ここから先は個別判断です。
時価をいくらに置くかは、金額と資金繰りを見ないと決められません。

税理士が入ると変わるのは、価額の裏づけと申告の整合です
ひとつめは、引継資産の一覧づくりです。
決算書と固定資産台帳から、残高と経過月数を拾います。
ふたつめは、価額の根拠づくりです。
在庫は通常の販売価額、車両は査定額を集め、決め方を書面に残します。
みっつめは、ルートの割り当てです。
資産ごとに売買・現物出資・賃貸を決め、契約書と明細をそろえます。
よっつめは、個人の所得税・消費税と、会社の取得価額・耐用年数の突合です。
個人の最後の申告と会社の最初の申告が、同じ数字でつながることが要点です。
小松公認会計士・税理士事務所では、資産の洗い出しから両方の申告まで担当します。
この論点で小松公認会計士・税理士事務所ができること
制度は複雑ですが、お客様がすべてを理解する必要はありません。難しいことは、専門家にお任せください。
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よくある質問(FAQ)
Q1. 在庫は、仕入値のまま会社に移してもよいですか?
所得税基本通達40-2は、通常他に販売する価額のおおむね70%に満たない対価での譲渡を「著しく低い価額の対価による譲渡」としています。仕入値がこの70%を下回るなら、同40-3により差額が上乗せされます。通常の販売価額200万円・仕入値120万円なら、総収入金額は140万円になります。
Q2. 車を無償で会社名義に変えると、どうなりますか?
所得税法59条1項1号により、法人への贈与は、その時の価額に相当する金額で譲渡があったものとみなされます。対価が0円でも、時価で譲渡所得を計算します。時価の2分の1未満で売った場合も、所得税法施行令169条により同じ扱いになります。お金が動かないのに税金だけ出る形です。
Q3. 会社は、引き継いだ車を何年で償却しますか?
耐用年数省令3条1項2号により、中古資産は年数を計算し直せます。法定耐用年数6年の車を3年使っていたなら、(72か月-36か月)+36か月×20/100=43.2か月、43.2÷12=3.6年です。国税庁は1年未満の端数の切捨てを最後に行うとしており、この例は3年になります。
Q4. 不動産は会社に移したほうがよいですか?
移さずに個人が会社へ貸す選択もあります。所得税法26条1項により、受け取る賃料は不動産所得です。移す場合は登記や流通税の負担が生じ、時価の決め方も難しくなります。金額が大きく、所得税法59条や同族会社の判定にも関わるため、個別に検討が必要です。
免責事項
本記事は令和8年9月時点の法令・公表資料に基づく一般的な解説です。所得税法22条・26条・33条・40条・59条・157条、所得税法施行令169条、所得税基本通達39-1・39-2・40-1・40-2・40-3・59-2・59-3・59-4、法人税法施行令54条、減価償却資産の耐用年数等に関する省令3条、消費税法2条・4条・28条、消費税法施行令2条、消費税法基本通達5-1-1、会社法33条、国税庁タックスアンサーNo.2108・No.3105・No.5404・No.6531、国税庁質疑応答事例「個人事業者の法人成りの場合の課税売上高の判定」、国税庁「A1-5 個人事業の開業届出・廃業届出等手続」「A1-9 所得税の青色申告の取りやめ手続」の内容を扱っています。未償却残高を時価としてよいかどうか、営業権(のれん)の評価方法と引継価額、債務引受を受けた会社側の法人税の取扱い、免責的債務引受と重畳的債務引受の区別、現物出資が法人税法上の適格現物出資に当たるかどうかの判定、減価償却資産の償却率の具体的な数値、不動産取得税・登録免許税の税率、インボイス制度の登録時期と2割特例、新設法人の納税義務免除の特例の詳細、法人が個人へ支払う賃料の適正水準、役員報酬と社会保険の設計は扱っていません。記事中の計算例は一定の前提を置いた目安であり、実際の金額は資産の時価・経過月数・課税事業者かどうかによって変わります。具体的な判断は必ず税理士にご相談ください。本記事の情報を利用したことによる損害について、当事務所は責任を負いかねます。
参考資料・出典
- e-Gov法令検索「所得税法」https://laws.e-gov.go.jp/law/340AC0000000033
- 国税庁 所得税基本通達 法第39条《たな卸資産等の自家消費の場合の総収入金額算入》関係(40-2・40-3を含む)https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/06/01.htm
- 国税庁 所得税基本通達 法第59条《贈与等の場合の譲渡所得等の特例》関係https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/12/02.htm
- 国税庁 タックスアンサー No.2108「中古資産を非業務用から業務用に転用した場合の減価償却」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2108_qa.htm
- 国税庁 質疑応答事例「個人事業者の法人成りの場合の課税売上高の判定」https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/shohi/22/04.htm
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