この記事のポイント
- 「所得○○万円で法人」という一律の基準は法令にありません。複数要素の組合せで判断します
- 所得税は5パーセントから45パーセントの7段階、法人税は資本金1億円以下で年800万円以下15パーセント・超過分23.2パーセントです
- 役員報酬なら給与所得控除が使えます(給与840万円で194万円)
- 🔴 法人は事業主のみでも厚生年金・健康保険が強制適用になります(日本年金機構)
まず結論:「いくらから法人」という基準は法令にありません
法人成りは、所得の金額だけで決められる話ではありません。「所得がいくらを超えたら法人にすべきか」というご質問が最多ですが、法令にも通達にもそのような基準はなく、「所得800万円」等の目安はいくつかの要素の一部にすぎません。
法人成りで変わるのは税率だけではありません。社会保険、消費税、個人事業税、住民税の均等割、毎年の事務負担がすべて同時に変わり、いったん法人にすると個人に戻すのも簡単ではありません。
以下、比べるべき7つの観点を順に整理します。どれか一つで判断できるものではありません。
観点1:税率の「形」が違います
所得税は所得が増えるほど税率が上がる超過累進税率です(国税庁タックスアンサーNo.2260。復興特別所得税・住民税は別途かかります)。
| 課税される所得金額 | 税率 | 控除額 |
|---|---|---|
| 1,000円 から 1,949,000円まで | 5% | 0円 |
| 1,950,000円 から 3,299,000円まで | 10% | 97,500円 |
| 3,300,000円 から 6,949,000円まで | 20% | 427,500円 |
| 6,950,000円 から 8,999,000円まで | 23% | 636,000円 |
| 9,000,000円 から 17,999,000円まで | 33% | 1,536,000円 |
| 18,000,000円 から 39,999,000円まで | 40% | 2,796,000円 |
| 40,000,000円 以上 | 45% | 4,796,000円 |
一方、法人税は(国税庁タックスアンサーNo.5759)資本金1億円以下の法人など(一定の場合を除く)で、令和7年4月1日以後開始事業年度は年800万円以下の部分が15パーセント、超える部分が23.2パーセントです(所得金額が年10億円を超える事業年度は800万円以下の部分が17パーセント)。
法人税は2段階のため、所得が一定水準を超えると法人のほうが有利になる領域が生まれますが、税率だけの話で、観点2から7が逆に働くこともあります。
観点2:役員報酬にすると給与所得控除が使えます
法人にして役員報酬を支払うと、その報酬は給与所得になり「給与所得控除」を差し引けます。令和7年分以降の給与所得控除額は次のとおりです(国税庁タックスアンサーNo.1410)。
| 給与等の収入金額 | 給与所得控除額 |
|---|---|
| 1,900,000円まで | 650,000円 |
| 1,900,001円から3,600,000円まで | 収入金額×30%+80,000円 |
| 3,600,001円から6,600,000円まで | 収入金額×20%+440,000円 |
| 6,600,001円から8,500,000円まで | 収入金額×10%+1,100,000円 |
| 8,500,001円以上 | 1,950,000円(上限) |
給与収入840万円なら控除額は840万円×10%+110万円=194万円。この194万円は法人側で損金、個人側では課税されません。ここが法人成りの効果として最も大きく働く部分です。
注意
給与等の収入金額が660万円未満の場合は、上記の表にかかわらず所得税法別表第五により給与所得の金額を求めます。本記事は660万円以上の例で説明しています。
なお役員報酬は原則、事業年度の途中で自由に変えられません。法人設立時に決めておく事項です。
観点3:社会保険は法人だと事業主1人でも強制適用です
法人成りの検討で最も見落とされやすい観点です。日本年金機構「適用事業所と被保険者」による強制適用事業所は次のとおりです。
| 区分 | 強制適用事業所となる場合 |
|---|---|
| 法人の事業所 | 株式会社などの法人の事業所(事業主のみの場合を含む) |
| 個人の事業所 | 従業員が常時5人以上いる個人の事業所(農林漁業、サービス業などを除く) |
国民健康保険・国民年金だった方が法人成りすると、社長1人の会社でも健康保険・厚生年金保険に加入することになります。保険料は会社と本人で折半ですが、会社負担分も実質同じ財布から出ます。
役員報酬を高くすれば給与所得控除は大きくなりますが、社会保険料も増え、税金だけで決めると効果が打ち消されることがあります。
観点4:消費税は「時期」で結果が変わります
消費税は基準期間(個人は前々年、法人は前々事業年度)の課税売上高が1,000万円以下なら原則免除されます(国税庁タックスアンサーNo.6501)。新設法人は1期目・2期目の基準期間がないため、この2期は原則免除されます。ただし次は免除されません。
- 適格請求書発行事業者(インボイス)の登録を受けている場合
- 特定期間の課税売上高が1,000万円を超える場合(原則、前事業年度開始の日以後6か月。給与等支払額の合計額での判定も可)
- 事業年度開始の日の資本金の額または出資の金額が1,000万円以上である法人や特定新規設立法人に該当する場合
- 消費税課税事業者選択届出書を提出している場合
注意
個人で受けたインボイス登録は法人に引き継がれません。法人としての登録手続に加え、個人事業者としての廃業手続(事業廃止届出書)が必要です。法人として登録を受ければ、課税売上高が1,000万円以下でも納税義務は免除されません。
観点5:個人事業税の事業主控除290万円がなくなります
個人事業税は都道府県税です(東京都主税局)。法定業種を営む個人が対象で、税率は第1種事業(37業種)5パーセント、第2種事業(3業種)4パーセント、第3種事業(30業種)3〜5パーセントです。
事業主控除は年間290万円(1年未満は月割)を所得から控除。事業所得700万円・第1種事業なら(700万円-290万円)×5%=20万5,000円が個人事業税額です。
法人成りで個人事業税はなくなりますが、代わりに法人事業税・特別法人事業税がかかり290万円の控除はありません。「なくなる」ことだけで有利と判断するのは誤りです。
観点6:赤字でも法人住民税の均等割がかかります
個人事業は所得がなければ課税されませんが、法人は赤字でも法人住民税の均等割が毎年発生します。額は資本金等の額と従業者数で自治体ごとに異なるため、事業所所在地の税率表をご確認ください。
金額は大きくありませんが、業績にかかわらず毎年出ていく固定費である点が個人事業との違いで、休止中も法人を残す限り発生します。
観点7:毎年の事務負担と、やめるときのコスト
法人成りすると次の作業が毎年発生します。
- 法人税・地方法人税・法人事業税・法人住民税の申告(決算書・勘定科目内訳明細書・別表の作成)
- 役員報酬の決議(定時株主総会)と議事録の作成
- 社会保険の算定基礎届・月額変更届などの手続
- 源泉所得税の納付、法定調書・給与支払報告書の提出
税理士に頼むか自分で行うかでも、個人の確定申告より負担は明らかに増えます。法人をやめるときにもコストがかかり、解散・清算の登記など設立より手間がかかることも珍しくありません。
判断は「今年の所得」ではなく、これから3年の見通しで
7つの観点をあわせると、法人成りが有利かどうかは次の組合せで決まります。
| 要素 | 確認すること |
|---|---|
| 所得の水準と安定性 | 今後3年の見通し。事業の変動が大きいか |
| 社会保険の現状 | 配偶者の扶養の有無、国民健康保険の保険料水準 |
| 消費税の状況 | 課税売上高、インボイス登録の要否、取引先の性格 |
| 人を雇う予定 | 従業員を増やす予定があるか(社会保険の適用範囲が変わる) |
| 取引先・金融機関の要請 | 法人でなければ取引できない先や融資の予定があるか |
| 設備投資の予定 | 大きな投資の予定(減価償却・特別償却の適用関係が変わる) |
税額の比較はこの表を埋めたうえで行うもので、比較表だけを見て決めるべきではありません。これらは後から変えにくいため、設立前にまとめて設計しておくことをおすすめします。
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よくある質問(FAQ)
Q1. 所得が800万円を超えたら法人にすべきと聞きましたが、本当ですか?
法令にそのような基準はありません。税率だけなら所得税は5〜45パーセントの7段階、法人税は資本金1億円以下で年800万円以下15パーセント・超過分23.2パーセントです。ただし社会保険の強制適用や事業主控除の消滅、均等割の発生もあり、税率だけで判断できません。
Q2. インボイス登録をしています。法人成りしたら登録番号はそのまま使えますか?
使えません。法人として改めて登録申請が必要で、個人事業者としての廃業手続(事業廃止届出書)も必要です。法人として登録を受けると、課税売上高が1,000万円以下でも納税義務は免除されません。
Q3. 社長1人だけの会社でも社会保険に入る必要がありますか?
はい、必要です。法人の事業所は事業主のみの場合を含めて強制適用事業所になります。個人の事業所は従業員が常時5人以上いる場合に強制適用です。ここが法人成りで大きく変わる点です。
Q4. 法人にしてから、やっぱり個人に戻すことはできますか?
できますが簡単ではありません。解散・清算の登記など設立より手間がかかることも珍しくなく、休止中も均等割は発生し続けます。今後3年の見通しを踏まえてご検討ください。
免責事項
本記事は令和8年8月時点の法令・公表資料に基づく一般的な解説です。個人事業税の税率・事業主控除は東京都の場合を記載しており、都道府県によって取扱いが異なる場合があります。法人住民税の均等割の額は自治体・資本金等の額・従業者数によって異なるため、本記事では具体的な金額を記載していません。社会保険料の額、法人設立に要する費用、地方税を含めた実効税率による比較も本記事では扱っていません。法人成りの適否は個別の事情によって結論が変わりますので、実際の判断は必ず税理士にご相談ください。本記事の情報を利用したことによる損害について、当事務所は責任を負いかねます。
参考資料・判例出典
- 国税庁タックスアンサー No.2260「所得税の税率」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2260.htm
- 国税庁タックスアンサー No.5759「法人税の税率」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5759.htm
- 国税庁タックスアンサー No.1410「給与所得控除」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1410.htm
- 国税庁タックスアンサー No.6501「納税義務の免除」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shohi/6501.htm
- 国税庁「インボイス制度 新規開業者向けページ」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/zeimokubetsu/shohi/keigenzeiritsu/invoice_sinkijigyousha.htm
- 日本年金機構「適用事業所と被保険者」https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/tekiyo/jigyosho/20150518.html
- 東京都主税局「個人事業税」https://www.tax.metro.tokyo.lg.jp/kazei/kojin_ji.html
- 東京都主税局「法人事業税・法人都民税」(均等割の税率表)https://www.tax.metro.tokyo.lg.jp/kazei/houjinji.html
法人成りは「今年の所得」ではなく、これから3年の見通しで決めます
法人にすると、社会保険・均等割・決算申告の負担が毎年発生し、個人に戻すのは容易ではありません。だからこそ、単年の税額比較ではなく、今後の売上・人員・設備投資の見通しを踏まえた検討が必要です。設立前の段階でのご相談を歓迎します。代表税理士が直接ご対応します。
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