この記事のポイント
- 日本を出るときに1億円以上の対象資産を持っている一定の方は、実際に売っていなくても値上がり益(含み益)に所得税がかかります
- 対象は有価証券等・未決済の信用取引等・未決済のデリバティブ取引です。不動産や預金は対象になりません
- 「納税管理人」の届出の有無で申告期限が変わります。届出なしで出国すると、出国の時までに申告(準確定申告)が必要です
- 納税を待ってもらえる納税猶予(5年、延長して10年)もありますが、担保の提供と毎年3月15日までの継続適用届出書が必要です
まず結論:売っていなくても「売ったとみなして」課税される制度です
国外転出時課税とは、日本を出る時点で株式などを時価で売ったものとみなして課税する制度です。お金は1円も入らないのに税金だけが発生する、これが最大の特徴です。
国税庁タックスアンサーNo.1478によれば、平成27年度税制改正で創設され、平成27年7月1日以後の国外転出に適用されます(所得税法60条の2)。
国外転出の時に、国外転出の時の価額(または国外転出の予定日から起算して3か月前の日の価額)で対象資産の譲渡等があったものとみなして、その含み益に対して所得税が課税される制度
正式名称は「国外転出をする場合の譲渡所得等の特例」、通称「出国税」です。海外への贈与・相続でも同様の課税がありますが、本記事はご本人が海外へ移る国外転出時課税を中心に説明します。

誰が対象になるのか(2つの要件)
国外転出をする居住者のうち、次の2つの両方に当てはまる方が対象です(所得税法60条の2第5項)。
- 要件1:国外転出の時に所有等している対象資産の価額の合計額が1億円以上
- 要件2:原則として国外転出の日前10年以内で国内在住期間の合計が5年を超えること
在留資格による除外があります
就労系の在留資格(外交・経営管理・技術など、入管法別表第一)で日本にいた期間は、国内在住期間に含まれません(所得税法施行令170条3項1号)。一方、永住者・定住者等(別表第二)は平成27年6月30日までを除きカウント対象です。必ず個別に確認してください。
対象になる資産・ならない資産
対象資産は次の3種類です(所得税法60条の2第1項〜第3項)。
| 区分 | 内容 |
|---|---|
| ①有価証券等 | 所得税法2条17号に規定する有価証券(株式や投資信託など)、匿名組合契約の出資の持分 |
| ②未決済信用取引等 | 決済していない信用取引、決済していない発行日取引 |
| ③未決済デリバティブ取引 | 決済していない金融商品取引法2条20項に規定するデリバティブ取引 |
不動産・預貯金・貴金属・暗号資産は対象資産に含まれません。一方、NISA口座の上場株式など非課税のものも対象資産に含まれます(所得税基本通達60の2−5)。譲渡制限付株式等や税制適格ストックオプションの新株予約権は除かれます。外資系企業の株式報酬受給者は、この線引きが結論を左右します。
1億円かどうかは、いつの価額で判定するのか
判定の基準時は申告のタイミングで2つに分かれます(所得税法60条の2第5項)。
- 国外転出の日以後に確定申告等をする場合:国外転出の時の価額
- 国外転出の日前に確定申告をする場合:国外転出の予定日から起算して3か月前の日の価額
「3か月前の日」は出国予定日からさかのぼった同じ日です(例:出国予定日7月14日なら4月14日)。値下がりしている株式や海外で持っている株式も含めて合計します。
申告期限は「納税管理人の届出」で変わります
ここが最も事故の起きやすいところです。納税管理人(日本を離れる人に代わり手続きをする人)の届出をしないまま年の途中で出国する場合は、出国の時までに申告と納税(準確定申告)を済ませることとされています(所得税法127条1項、130条)。
| ケース | 対象資産の価額算定時期 | 申告・納税の期限 |
|---|---|---|
| 国外転出の時までに納税管理人の届出をした場合 | 国外転出の時 | 原則として翌年2月16日から3月15日までの確定申告期間 |
| 納税管理人の届出をしないで国外転出する場合 | 国外転出の予定日から起算して3か月前の日 | 国外転出の時まで(準確定申告) |
たとえば8月出国で届出未提出なら8月の出国時までに申告・納税が必要です。後述の納税猶予も届出が前提です。

数字で見る:税額はいくらになるか
次の前提で計算します。
- 国外転出の時に所有している上場株式の時価:1億5,000万円
- その取得費:5,000万円
- ほかに対象資産はなく、国内在住期間の要件も満たしているものとします
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| みなし譲渡収入(時価) | 150,000,000円 |
| 取得費 | 50,000,000円 |
| 含み益(課税対象) | 100,000,000円 |
| 所得税15パーセント | 15,000,000円 |
| 復興特別所得税(所得税額の2.1パーセント) | 315,000円 |
| 合計(15.315パーセント) | 15,315,000円 |
株を1株も売っていないのに、1,500万円を超える納税が発生します。この現金をどう用意するかが実務上の最大の課題です。
補足
上記は所得税・復興特別所得税の試算です。住民税は国外転出の時期や住所により異なるため、個別にご確認ください。
納税猶予の特例とその落とし穴

納税資金が用意できないときは納税猶予が使えます。国外転出の日から5年4か月を経過する日まで猶予されます(所得税法137条の2第1項)。期限延長届出書を出せば合計10年4か月まで延長できます(同条2項)。
手続は3段構えです
- 国外転出の時までに所轄税務署へ納税管理人の届出をすること
- 確定申告書に納税猶予の旨・明細書・税額計算書を添付し、申告期限までに担保を提供すること
- 毎年、各年12月31日時点の対象資産について継続適用届出書を翌年3月15日までに提出すること(所得税法137条の2第6項)
注意
継続適用届出書は自動更新されません。毎年3月15日までに届出を出し続けないと猶予の前提が崩れます。
途中で売却・決済・贈与すると猶予は終わり、4か月以内に利子税とあわせて納付します(所得税法137条の2第5項・第12項、明細書も4か月以内)。利子税率は年7.3パーセントと特例基準割合のいずれか低い方です(租税特別措置法93条1項1号)。満了日(5年または10年経過日)の翌日から4か月以内に猶予税額と利子税を納めます。
帰国したとき・値下がりしたときは取り戻せます
5年以内に帰国した場合
5年以内に帰国し持ち続けていれば課税を取り消せます。帰国から4か月以内の更正の請求・修正申告が条件です(所得税法151条の2第1項、153条の2第1項)。期限延長者は10年以内の帰国が対象。事実の隠蔽・仮装があれば取消不可です。
値下がりしていた場合
売値が転出時の価額より下がっていれば下がった価額で計算し直せます(売却日から4か月以内の更正の請求、所得税法60条の2第8項、153条の2第2項)。満了日時点の値下がりも同様に減額できます(同条10項、153条の2第3項)。
外国で課税された場合
移住先で売却し二重課税が調整されないときは外国税額控除で調整できます(納税日から4か月以内、所得税法95条の2、153条の6)。どの手続きも期限は「4か月」で共通です。速やかにご相談ください。
当事務所の進め方
ステップ1:対象資産の棚卸しと1億円判定
証券口座・非上場株式・NISA・未決済デリバティブを洗い出し、基準時の価額を確定します(非上場株式は早期着手)。
ステップ2:納税管理人の届出と資金計画
出国前に納税管理人の届出を済ませ、納税猶予か一部売却かを担保の有無も含め検討します。
ステップ3:申告と、その後の毎年の届出
確定申告書・付表・計算書を作成し担保を提供。納税猶予選択時は翌年以降の届出まで継続支援します。
よくある質問(FAQ)
Q1. 海外赴任で3年だけ日本を離れます。それでも対象になりますか?
対象です。1億円以上の対象資産があり、出国前10年以内の在住期間が5年超なら期間の長さは無関係です。5年以内に帰国し持ち続ければ、4か月以内の更正の請求等で取り消せます。
Q2. 不動産や預金は1億円の判定に含まれますか?
含まれません。対象資産は有価証券等・未決済信用取引等・未決済デリバティブ取引のみです。NISA口座内の上場株式のような非課税のものは含まれるためご注意ください。
Q3. 納税猶予を受ければ、その後は何もしなくてよいのですか?
いいえ。各年12月31日時点の対象資産について継続適用届出書を翌年3月15日までに提出し続けます。売却・贈与した場合はその日から4か月以内に利子税とあわせ納付します。
Q4. 出国の直前に気づきました。今からできることはありますか?
まず納税管理人の届出書を国外転出の時までに出せるか確認してください。届出なしで出国すると準確定申告・納税が必要になり、納税猶予も受けられません。出国日が決まり次第ご相談ください。
免責事項
本記事は令和8年8月時点の法令・公表資料に基づく一般的な解説です。本文で引用した国税庁「国外転出時課税制度(FAQ)」は令和5年6月最終改訂のものであり、その後の改正が反映されていない可能性があります。国外転出時課税は在留資格・資産の内容・出国時期によって結論が大きく異なり、期限を過ぎると取り返しがつかない手続が複数あります。具体的な事案については必ず税理士にご相談ください。本記事の情報を利用したことによる損害について、当事務所は責任を負いかねます。
参考資料・判例出典
- 国税庁タックスアンサー No.1478「国外転出をする場合の譲渡所得等の特例」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1478.htm
- 国税庁「国外転出時課税制度(FAQ)」(平成27年4月・令和5年6月最終改訂)https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/shinkoku/kokugai/pdf/02.pdf
- 国税庁「国外転出時課税制度関係の各種様式」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/shinkoku/kokugai/yoshiki/index.htm
- 所得税法60条の2(国外転出をする場合の譲渡所得等の特例)、137条の2(納税猶予)、151条の2・153条の2(帰国等をした場合の修正申告・更正の請求)、95条の2・153条の6(外国税額控除)e-Gov法令検索
- 所得税法施行令170条3項1号(国内在住期間から除かれる在留資格)、所得税基本通達60の2−5・60の2−6
- 租税特別措置法93条(利子税の割合の特例)
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出国の日程が決まったら、まずご相談ください
国外転出時課税は、納税管理人の届出をいつするかで申告期限も納税猶予の可否も変わります。出国日が決まった段階でご相談いただければ、対象資産の棚卸しから納税資金の組み立てまで、余裕をもって進められます。外資系企業にお勤めの方の株式報酬についても、代表税理士が直接ご対応します。
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