この記事のポイント
- 源泉徴収ありの特定口座だけで取引しているなら、原則として確定申告は不要です
- 複数口座の損益の相殺(損益通算)・損失の3年間の繰り越し・配当との相殺を使うには申告が必要
- この記事の設例では、申告分離課税を選ぶと60,945円が全額戻り、20万円の損失を翌年に繰り越せます
- 申告すると「合計所得金額」に含まれるため、扶養や国民健康保険料に影響することがあります
まず結論:あなたの口座は申告が必要か
源泉徴収ありの特定口座だけで、他の口座と損益をまとめる必要がなければ、確定申告は不要です。税金は証券会社が天引きしているためです。ただし「申告しないほうが得」なケースもあります。
| 口座の種類 | 年間の損益計算 | 確定申告 |
|---|---|---|
| 特定口座(源泉徴収あり) | 証券会社が計算し、譲渡益に所得税等15.315パーセント・住民税5パーセントを源泉徴収 | 申告不要を選択できる(口座ごとに選択) |
| 特定口座(簡易申告口座) | 証券会社が計算し「特定口座年間取引報告書」を交付 | 利益があれば原則として申告が必要 |
| 一般口座 | ご自身で1年間の譲渡損益を計算 | 利益があれば原則として申告が必要 |
| NISA(非課税口座) | 非課税 | 申告不要。損失は「ないもの」とみなされます |
源泉徴収ありの口座は口座ごとに「申告する・しない」を選べます。
申告したほうが有利になる3つの場面
1. 複数の口座の損益をまとめて相殺する
A証券で50万円の利益、B証券で30万円の損失なら、確定申告で相殺でき差し引き20万円の利益分まで税金を減らせます。
2. 売却の損失を3年間繰り越す
上場株式の売却損は、確定申告をすればその年の配当(申告分離課税を選んだもの)と相殺でき、残る損失は翌年以後3年間繰り越せます。
注意
繰り越しを受けるには、損失が出た年に付表・明細書を付けて申告し、その後も毎年続けて確定申告をする必要があります。国税庁も「上場株式等の譲渡がなかった年も、譲渡損失を翌年へ繰り越すための申告が必要です」と明記しており、1年でも申告を飛ばすと繰り越しが切れます。
3. 配当と売却の損失を相殺する
配当は申告分離課税を選ぶと、株の売却損と相殺できます。効果は後ほど確認します。
配当の課税方式は3つ。どれを選ぶかで結果が変わる
上場株式などの配当は税金の扱いを次の3つから選べます(大口株主等が受けるものを除く)。
| 項目 | 総合課税 | 申告分離課税 | 申告不要 |
|---|---|---|---|
| 税率 | 累進税率 | 所得税等15.315パーセント・住民税5パーセント | 源泉徴収で完結 |
| 配当控除 | あり | なし | なし |
| 譲渡損失との損益通算 | なし | あり | なし |
| 合計所得金額への算入 | 含まれる | 含まれる | 含まれない |
申告する配当は全額まとめて総合課税か申告分離課税かを選び、銘柄ごとに使い分けはできません。
数字で見る:どの方式が有利になるか
次の前提で比較します。
- 会社員。株式等を除いた課税総所得金額4,000,000円
- 上場株式の配当300,000円(所得税等45,945円+住民税15,000円=60,945円を源泉徴収済み)
- 別口座の上場株式譲渡損失500,000円
| 選択 | 納める税額(配当分) | 還付額 | 翌年への繰越損失 |
|---|---|---|---|
| 申告不要 | 60,945円(源泉徴収のまま) | 0円 | 0円(損失は切り捨て) |
| 総合課税+配当控除 | 52,230円 | 8,715円 | 0円(譲渡損と通算不可) |
| 申告分離課税+損益通算 | 0円 | 60,945円 | 200,000円 |
計算例
総合課税の内訳
配当30万円 → 所得税60,000円-配当控除30,000円=30,000円 30,000円+復興特別所得税630円=30,630円 住民税:配当所得の10%30,000円-配当控除2.8%8,400円=21,600円 30,630円+21,600円=52,230円この設例では、申告分離課税が明らかに有利です。天引きされていた60,945円が全額戻り、さらに20万円の損失を翌年以後3年間に繰り越せます。
ただし売却の損失がない年は結論が変わります。還付は生じず、配当控除が使える総合課税が有利になりやすい一方、課税所得が高い方(所得税率23パーセント以上)は逆に総合課税が不利です。有利な方式は、その年の損益と所得の状況で変わります。
見落とされやすい5つの落とし穴
1. 申告すると「合計所得金額」に含まれる
申告不要を選んだ配当は「合計所得金額」に入りませんが、総合課税でも申告分離課税でも、申告すれば合計所得金額に入ります。
ポイント
配偶者控除・扶養控除の判定や国民健康保険料・介護保険料の計算などに影響することがあります。数万円の還付を得るために、保険料が数十万円増えることもあり得ます。
2. 住民税だけ申告不要にすることはできない
以前は所得税と住民税で使い分けできましたが、令和4年度税制改正により令和6年度分(令和5年分の所得)以後は所得税と同じ課税方式にそろえられました。古い解説記事にはご注意ください。
3. NISA口座の損失は使えない
NISA口座の損失は、他の利益との相殺も翌年への繰り越しもできず、「ないもの」とみなされます。
4. 源泉徴収口座内の譲渡損失を申告するときの縛り
源泉徴収口座の損失を申告する場合、同じ口座の利子・配当もいっしょに申告が必要です。「損だけ申告」はできません。
5. 申告後の方式変更はできない
いったん選んで申告すると、後から別の方式に変更することはできません。提出前に方式を決め切る必要があります。
令和9年分から税率は変わるのか
令和8年度税制改正で、令和9年分以後に防衛特別所得税(基準所得税額の1パーセント)が新設され、復興特別所得税は2.1パーセントから1.1パーセントに下がります(課税期間は令和29年まで延長)。
上乗せ分の合計は1.1パーセント+1パーセント=2.1パーセントで変わらず、20.315パーセントという税率そのものは令和9年分以後も変わりません。表記が「防衛特別所得税及び復興特別所得税」に変わる点だけ押さえておけば十分です。
よくある質問(FAQ)
Q1. 源泉徴収ありの特定口座だけなら、本当に何もしなくてよいですか?
相殺や繰り越しが不要なら申告は不要です。ただし損失が出た年に申告しないと、翌年以後3年間の繰り越しができなくなります。
Q2. 損失を繰り越している途中の年に取引がなかった場合はどうなりますか?
取引がなかった年も繰り越しを続けるための申告が必要です(国税庁も明記)。1年でも申告を飛ばすと、そこで繰り越しが切れます。
Q3. 配当は総合課税と申告分離課税のどちらが有利ですか?
売却損の有無と他の所得の水準で変わります。損があれば申告分離課税、なく課税所得が低い方は総合課税が有利になりやすい傾向です。全額どちらか一方を選び、変更もできません。
Q4. 申告すると国民健康保険料が上がると聞きましたが本当ですか?
上がることがあります。申告すれば合計所得金額に入り、前年所得を基に計算される保険料に影響するためです。還付額と保険料の増加を比較することをおすすめします。
免責事項
本記事は令和8年8月時点の法令・国税庁公表資料に基づく一般的な解説です。記事中の税額は前提を置いた試算であり、実際の税額はその年の所得構成・所得控除・端数処理によって変わります。また、申告により国民健康保険料等の社会保険料や各種判定に影響が生じるかどうかは、お住まいの自治体の制度によって異なります。具体的な事案については必ず税理士にご相談ください。本記事の情報を利用したことによる損害について、当事務所は責任を負いかねます。
参考資料・判例出典
- 国税庁タックスアンサー No.1476「特定口座制度」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1476.htm
- 国税庁タックスアンサー No.1474「上場株式等に係る譲渡損失の損益通算及び繰越控除」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1474.htm
- 国税庁タックスアンサー No.1331「上場株式等の配当等に係る申告分離課税制度」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1331.htm
- 国税庁タックスアンサー No.1330「配当金を受け取ったとき(配当所得)」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1330.htm
- 国税庁タックスアンサー No.1250「配当所得があるとき(配当控除)」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1250.htm
- 国税庁タックスアンサー No.1463「株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1463.htm
- 国税庁 パンフレット「暮らしの税情報(令和8年度版)」株式・配当・利子と税https://www.nta.go.jp/publication/pamph/koho/kurashi/html/04_5.htm
- 財務省「令和8年度税制改正の大綱」六 防衛力強化に係る財源確保のための税制措置(防衛特別所得税の創設・復興特別所得税の改正)https://www.mof.go.jp/tax_policy/tax_reform/outline/fy2026/08taikou_06.htm
- 租税特別措置法8条の4、8条の5、9条、37条の11、37条の12の2、所得税法24条、92条 e-Gov法令検索
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